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007 採用内々定の取消と法的責任

1.平成22年6月2日福岡地方裁判所判決
 この判決は、採用内々定を取り消した企業に、損害賠償を命じたものです。事案は、不動産関係の企業が、採用試験に合格した学生2名に対して採用の内々定を通知し、学生から入社承諾書の提出も受けた後、いわゆるリーマン・ショック等に端を発する経営環境の悪化から事業計画を見直すことになり、その結果、正式な採用内定通知授与のわずか2日前に内々定を一方的に取り消した、というものです。一般の報道でも取り上げられていましたが、企業の人事、法務担当者にとって教訓に富む判決となっています。

2.企業への教訓1 - 厳しい労働法理
 一般に、正式の「内定」まで行けば、始期付の労働契約が成立したものとして、解雇予告制度や解雇権濫用の法理等の適用がある場合が多いとされています。この判決でも言及されている「新規学校卒業者の採用に関する指針」(厚生労働省等)も、「事業主は、採用内定を取り消さないものとする」、「採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする」、「採用内定取消し...を受けた学生・生徒から補償等の要求には誠意をもって対応するものとする」など、その拘束力を強調しています。
 本判決では、未だ「具体的労働条件の提示、確認や入社に向けた手続等」は行われていなかったこと、入社承諾書も「入社を誓約したり、企業側の解約権留保を認める」といった内容のものではなかったことから、企業と学生との間に労働契約が成立していたとまでは認定されていません。にもかかわらず、結論として損害賠償が認められた根底には、採用も解雇と表裏をなすものとして、厳しい労働法理を及ぼすべきとの実質判断があると言えそうです。認められた賠償額も、110万円と85万円(前者が就職未了、後者が就職済み。)と、慰謝料としては決して小さくない額です。新卒者の給与に引き直せば数か月分と言え、実質的に補償の意味が込められているという見方もできます。企業としては、これまで以上に慎重な対応が望まれるところです。

3.企業への教訓2 - 契約締結前の責任
 損害賠償を認めるにあたって、本判決が挙げている法的な理由は、「労働契約締結過程における信義則」です。これは、「経済状態の悪化等があっても被告は大丈夫等と説明」、「経済状況がさらに悪化するという一般的危惧感のみから、原告...への現実的な影響を十分考慮することなく、採用内定となる直前に急いで原告...の本件内々定取消しを行った」、「原告からメールによる抗議を受けながら、原告に対して本件内定取消しの具体的理由の説明を行うことはなかった」、といった諸事情から引き出されたものです。労働契約は成立していないとしても、「労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は、法的保護に十分に値する程度に高まっていた」、しかしそれが安易に覆された、という判断から、信義則という一般条項が持ち出されたのです。
 ここで重要なのは、契約締結前にも当事者に一定の責任が認められる場合があるのは、労働関係に限られないことです。例えば、製品購入を前提に業者にいろいろと費用をかけさせておいてから、突如として購入を取り止めたりする場合に、損害賠償が認められるのは、最高裁でも昭和59年9月18日判決以来の確立した法解釈となっています。
 契約書に調印する段階で注意するのは当然ですが、それ以前の段階でも「まだ契約していないから大丈夫」、「これは相手方の勝手な営業」といった理屈は、常に通用するものではありません。相手方が業者の場合、契約がなくても「相当な報酬」を請求されるという規定もあり(商法第512条)、なおさら注意が必要です。

(弁護士藤谷護人)